歴史

長福寺は、1492年に天然上人により開山し、神田、浅草を経て赤羽に至るまで、500年あまりを経てきました。宗派は、法然上人が開宗した浄土宗です。

住職は二十四世になります。

明応四年 

開基は盈譽天然上人。明応四年に遷化。神田に昌上人が長福寺を建立。

慶長七年 

紀伊家徳川頼宜の幼名長福丸に遠慮し、慈眼院に改名。

元禄七年 

阿弥陀如来像(仏師定朝作)を本尊に。

宝永六年 

客殿御三尊、開華心蓮童子他、今中加兵衛婦氏より寄進。

文化三年 

芝車坂から出火した「牛町火事」で消失。

文化四年 

台東区浅草松葉町に移転する。

明治四十三年 

明治時代最大の大水害を被災。床上七寸(約22㎝)浸水。仏像や佛具は無事避難。

大正十ニ年 

「関東大震災」で全焼。本尊・阿弥陀如来像は無事避難。

昭和二年 

北区赤羽台に長福寺本堂を建立する

昭和十二年

二十一世窪川旭丈上人が鎌倉光明寺住職を昭和十二年に辞した後、長福寺住職に。ハワイ開教区監督も務める。

昭和三十六年 

桐ヶ丘都営住宅の建設により、墓所を現在地に移転。

令和七年 

納骨堂完成予定。熊本の網田焼蒼土窯陶芸作家、前田和氏による陶板の装飾予定。

住職の紹介

二十四世 長福寺住職 香薫

令和四年に浄土宗天然山慈眼院長福寺の二十四世住職を拝命しました。早稲田大学で理学博士を取得後、生物学研究に従事してきました。最近は海洋環境やジェンダー平等への関心を深めています。その経験を生かし、境内の木々と土に癒される小さなお寺で、自然が壊れれば自然の恵みが失われる縁起を皆様と考えたいと思っています。

歴代住職

開基 明応四年 没      盈譽天然上人

開山 寛永四年 没      相譽玄昌上人

二世 寛永六年 没      單譽閑靈上人

三世 正保二年 没      光譽残雪上人

四世 正保三年 没      洞譽貞岳上人

五世 延宝五年 没      徳譽萬極上人

六世 元禄三年 没      欣譽萬休上人

七世 元禄七年 没      萬譽大栄上人

八世 元禄十二年 没     玉譽一如上人

九世 宝永七年 没      形譽感哲上人

十世 享保十三年 没     湛譽廣山上人

十一世 明和六年 没     穏譽利達上人

十ニ世 文化六年 没     東譽舜孝上人

十三世 天保三年 没     義譽辯了上人

十四世 安政二年 没     性譽了周上人

十五世 萬延二年 没     願譽了海上人

十六世 明治七年 没     光譽闡翁上人

十七世 明治十五年 没    讃譽瑞範上人

十八世 明治四十ニ年 没   境譽智誠上人

十九世 大正二年 没     心譽一誠上人

二十世 昭和五年 没     實譽大誠上人

二十一世 昭和二十年 没   龍譽旭丈上人

二十二世 平成九年 没    順譽隆丈上人

二十三世 令和四年 退任   観譽節丈上人

境内・墓地の紹介

長福寺の境内を紹介いたします。
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長福寺の参道から玄関のようす
法然上人の「一枚起請文」の石碑
本尊「阿弥陀如来」
長福寺の墓所は少し離れた徒歩5分の場所にあります。
新しく建立する納骨堂の様子。すでに8割ほど出来ています。

アクセス

住所
東京都北区赤羽台3丁目26−2

電車 JR赤羽駅より徒歩15分
バス 国際興業バス 3番のりば

   「法善寺交番」停留所より徒歩2分


駐車場あり

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